東京地方裁判所八王子支部 昭和38年(タ)28号 判決
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〔判決要旨〕一、外国人間の離婚の国際的裁判管轄は、被告の住所がわが国にあることで決定することを原則とするが、例外的に被告が行方不明であるような場合には、その最後の住所がわが国にあると否とを問わず、原告がわか国に住所を有している以上、わが国の裁判管轄権を認めるを相当とする。
二、「配偶者の生死が三年以上明らかでない。」並びに「その他婚姻を継続し難い重大な事由」なる離婚原因につい法例第一六条本文の「離婚原因の発生した時」は、結局当該離婚訴訟の口頭弁論終結の時である。
三、判示の事情のもとに、夫婦がすでに満一八年以上別離の生活を送り、相互に音信もないような状態であるときは、たとえ夫たる原告の不貞行為がその一因となつていても、「婚姻を継続し難い重大な事由」として、離婚請求を認容しても違法とはいえない。
〔判決理由〕一、外国人間の離婚の国際的裁判管轄権の有無を決定するにあたつては、被告の住所がわが国にあることを原則とするが例外的に被告が行方不明であるような場合には、その最後の住所がわが国にあると否とを問わず、原告がわが国に住所を有している以上、わが国の裁判管轄権を認めるを相当とする(最高裁昭和三九年三月二五日大法廷判決)本件離婚訴訟は、原被告がともに大韓民国人であつて、原告はわが国に住所を有し、被告は行方不明であつてわが国に最後の住所を有するので、わが国の裁判管轄権に属する。(中略)
三、本件離婚の準拠法は、法例第一六条本文により「離婚原因の発生した時における夫の本国法」である。原告主張の離婚原因「配偶者の生死が三年以上明らかでない」並びに「その他婚姻を継続し難い重大な事由」は、いずれも時間的経過に伴つてその内実を加えて行く性質を有し、結局口頭弁論終結時においてはじめて離婚原因として具体的内実を全うし判断の対象となるべき事由であるから、口頭弁論終結時の法がすなわち本件離婚に適用される法たるべきである。従つて本件離婚原因については、その「発生の時」を原告主張の「被告出奔の時から満三年」経過した昭和二四年七月中の一時点と狭く解すべきではない。そして、この意味において、「離婚原因の発生した時における夫の本国法」とは大韓民国の法であつて、同国檀紀四二九三年(昭和三五年)一月一日施行の大韓民国新民法がこれに当る。
さて大韓民国新民法第八四〇条は、「夫婦の一方は、次の各号の事由がある場合は、法院に離婚を請求することができる。」として、第五号に、「配偶者の生死が三年以上明かでないとき」第六号に「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。」と定めていて、前者は、わが民法第七七〇条一項第三号、後者は同条同項第五号とそれぞれ同一内容であるので、法令第一六条但書により、本件離婚は右準拠法を適用し、原告主張の両離婚原因について判断すべきである。
四、(証拠―省略)に弁論の全趣旨を綜合すると、次の事実が認められる。
原告は、昭和五年廿二才の年に本籍地から日本内地に単身移住し、昭和六年五月二七日本籍地戸籍吏に対する手続により当時一六才の被告と婚姻して、その後原告を追うて上京した被告と爾後東京において同居し夫婦生活を続け四男二女を儲け、戦時中は電気器具部品等製造業を営んでいたが、昭和一六年頃銀座で女給をしていた訴外渡部キミと肉体関係を生じ、昭和一八年同女との間に男子俊雄が出生(同年に被告との間に四男二女の末子孝俊が出生)して、ずるずると関係を続けた。昭和二〇年一〇月、妻子を疎開先き浅川から被告の最後の住所欄掲記の住所に移した後、原告は右住所において胸部疾患のため咳血して倒れ、同年一二月東京都北多摩郡清瀬町所在東京療養所に入院してしまつたところ、昭和二一年七月頃に至つて被告は生活のため子供を連れて朝鮮に帰国すると自発的に言い出し、原被告およびキミは話し合いの上(原告は病状およびキミとの関係上、被告に対しては全く受身の立場で同意した。)長女福順、次女斗順の両女児はその自由意思に従つて原告の許に残して渡部キミにおいて入院中の原告ともども世話をすることに決し、被告は長男基寿(当時一〇才)ら四男児を連れて原告入院中のまま別離し去つたが原、被告は協議離婚したものではなく、婚姻関係は維持したままであつた。同年一〇月頃、二女児のうち長女福順(当時一四才)も胸部疾患によつて原告と同じ東京療養所に入院し次女斗順(当時一二才)はキミがその実家の助けをかりて世話をし、キミは原告を看病し、昭和三〇年原告退院まで看病を継続した。昭和二二年、原告とキミは清瀬町に旅館を経営して同棲し、事実上の内縁関係を継続して今日に及び、両者の間に生れた俊雄は中央大学に在学していて、父母の正式婚姻が望ましい状況にあり、福順、斗順の姉妹も今となつては原告と被告との離婚並びに原告とキミとの正式婚姻を是認している。一方、被告および連れ去つた四男児は、原告に対してキミに対しても娘らに対しても一別以来一回の音信もなく絶えて消息不明であり、朝鮮へ帰国したかどうかも不明である。もつとも原告も、被告が果して朝鮮へ帰国しているのかどうか、その他被告の消息を朝鮮の本籍地その他心当りについて積極的に探索してこれを確かめようと努力することなく放任し、渡部キミとの婚姻を望み、日本への帰化を熱望して、茲に被告との離婚を求めているのである。
以上の認定を覆えすべき証拠はない。
五、以上認定の事実によれば、被告は「生死不明」ということはできない。戦後の朝鮮の国内事情が、戦後日本から帰国した朝鮮人同胞婦女子の生命を当然危険ならしめ、原告に対して「消息不明」ならば即ち「生死不明」と推定すべき事応にあつたものと認めるべき根拠はない。いわんや、被告が果して朝鮮に帰国したかどうかも不明である。帰国していないとして、戦後の日本の社会事情もまた、幼い子供連れの婦女子の消息不明をもつて、消息不明となつた当時の事情のいかんを問わず直ちに生死不明と推定すべきほどの無秩序状態にあつたものではない。本件は、生命を維持し生き抜かんとする意思をもつて自発的に別離し去つた場合である。被告が朝鮮に帰国すると言い残したことは、自己と子供らが生き抜くための方途を計量していたものと認めるに十分である。当時にあつて被告の死を予想すべき特段の事情の認められる証拠はない。
よつて、本件離婚請求は、「生死不明三年以上」を原因とする限り失当である。
六、次に、「婚姻を継続し難い重大な事由」並びに離婚請求の許否について判断する。
(一) 原被告間の婚姻関係は、昭和二一年原被告別離以来既に満一八年以上を経過し、その間相互に無音信であつて、同居、扶養その他一切の夫婦関係の実質を相互に全く欠き、夫たる原告においては、妻たる被告を生死不明と思料しており、精神的純愛の貫き存するところなく、一方妻たる被告においても、夫婦関係の継続を望む意思を有しているなんらの形跡なく、将来その消息が判明しましたは原告と再会すべきなんかの見通しもない。かくて原被告間の婚姻関係は戸籍上に形式的形骸を止めるに過ぎないことは、前認定の事実からして明らかである。原被告間の婚姻関係は完全に破綻し回復の見込みがなくなつているというべきである。すなわち原被告間には婚姻を継続し難い重大な事由が存在するものということができる。
(二) 但し、このような事態を拓いたのには、原告が訴外渡部キミと前認定のような関係を生じたことが少くとも原因の一半をなしているものとみるのが自然である。
原告のキミとの関係が妻たる被告に対する不貞であることはいうまでもない。しかもキミが原告の子を生んだ昭和一八年中に、被告もまた原告の末子を生んでいること前認定のとおりであるから、当時原被告の夫婦関係が既に破綻してしまつたため必然に陥つて行つた原告の不行跡ではないのである。
原告は本件婚姻破綻につきそれを誘致したものとして有責と認めるのが相当である。
しかしながら、ひるがえつて被告についてみるのに、本件婚姻破綻の直接の原因をなした原被告の別離は、また被告の自発的意思に出たものである。被告が咳血入院した夫を病院に残して去つたまま沓として音信不通なのは、原告の同意を得て去つたとはいいながら、妻としての同居、協力、扶養の義務を尽くすに欠けたものたるを免れない。戦争直後の社会境遇の激変に遭い、また一四才、一二才の二女児、一〇才を頭とする四人の男児を抱えて、不貞にして且つ生活力を失つた夫との将来に希望を失つたことは推認するに難くなく、このような被告が、二女児と夫とをキミに委せて、自己と四人の幼少の子らの生存の方途を構じたことは、厳しい現実の裡にあつて一つの生きる道ではあつたろうが、妻の義務の上からみればその義務を尽したものとはいえない。悪意の遺棄とか出奔とかというのではない。しかし夫婦が生存上の窮地を脱するための分散方式であつて、被告が夫婦関係の継続を望み、むしろ妻としての協力、扶養義務の止むを得ない一変形として別居したのだと認めようとしても、その後遂に夫の許に立ち帰えるのはおろか、音信さえしないことが、そのような認定を妨げる。音信不通、消息不明の原因が判明すればおのずから別であるが、その原因については全然証拠を欠くのである。音信、連絡、消息の類があつたのに、原告ないしキミが故意に遮断して寄せつけなかつたため被告をして復帰をあきらめさせたのだというようなこともあり得ないことではないのだけれども、証拠のないことである。また、遡つて、昭和二一年当時の原告の不行跡、不貞が被告を甚だしく残酷に傷つけ、被告をしてもやや忍従して妻の義務を尽くすに堪えがたい窮地に追いやつたものとして、被告に他の処置を期待できないと認めることができれば、被告には責任はないといえるであろう。しかし本件証拠には、そこまでの事実を認められるものもない。そうであつてみれば、原被告の婚姻の破綻については被告も有責であり、且つ被告が自ら妻の座を去つたことが破綻の原因として直接的であり決定的であつたと認める他はない。
(三) 以上を綜合して判断すると、本件離婚請求は、原告の有責にもかかわらず、「婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」との前記法条に基づいてこれを認容しても違法とはいえない。
七、よつて、原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(立岡安正)